茶の間の沈黙と微かな記憶

その日の夕方、響子は家族の茶の間でひとり静かに座っていた。窓の外は曇り空が広がり、冷たい風が木の葉を揺らしている。家の中は珍しく静かで、誰も言葉を交わす様子はなかった。

響子はふっと昔の事を思い出す。子供の頃、母親がここでよく話を聞いてくれたこと。けれど今は、その空間に漂う沈黙に戸惑いを感じていた。家族はそれぞれ別々の部屋にいるが、なぜかその距離は日に日に広がっているように思えた。

彼女はほんの小さな声で、隣の部屋にいる兄の名前を呼んだ。応答はなかった。何度か繰り返しているうちに、ふいにドアが少し開き、兄が顔を覗かせた。無言でお茶の入った湯呑みを渡し、すぐに戻っていった。

響子はそれを手に取り、温かさを感じる。言葉がなくても、この小さな行動にかすかな家族の繋がりを見いだすことができた。人は完璧なわけではないし、時には距離が必要になると気づく。茶の間の沈黙は、やがて新しい理解へと変わっていくのかもしれない。

夜が深まる頃、家の中にはまるで何事もなかったかのような静寂が戻った。だが響子の心には、確かな何かが残った。それは言葉以上の、家族の見えない絆の証だった。